No. 564/1090 Index Prev Next
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From: Hideaki Iwata 
Newsgroups: fj.soc.copyright
Subject: Re: Re: Re: Nスぺをダビングさせて下さい
Date: 24 Aug 2000 19:56:05 +0900
Organization: Center for Information Science, Wakayama University
Lines: 71
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ひで@和大&岩田説の問題点は他の方からも御指摘されているし、
その問題点を本人も認識していますが、です。

ただ、黒田氏の下記の説明が岩田説の直接的な否定にならないこと
だけを証明しておきます。

# だからといって岩田説の正しさを証明している訳でもありません。
# 一応、念の為に、言っておきます:-)

EH1T-KRD@j.asahi-net.or.jp     (Kuroda Toshio / 黒田 俊雄) writes:
>  それは無理筋でしょう。法第30条1項
>  
>   |  著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」とい
>   | う。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使
>   | 用すること(以下「私的使用」という。)を目的とする場合には、公衆の使用
>                       ^^^^^^^^                                  ^^^^^^^^^^
>   | に供することを目的として設置されている自動複製機器(複製の機能を有し、
>   | これに関する装置の全部又は主要な部分が自動化されている機器をいう。)を
>   | 用いて複製するときを除き、その使用する者が複製することができる。
>  
>  でわかるとおり、「私的使用」と「公衆の使用を除く」は別の概念です。
>  同じ概念なら同じ文章中でわざわざ別の表現をするわけないですよね。

岩田説においても「私的使用」と「公衆の使用」は別の概念です。

まず押えて欲しいのは、「公衆の使用に供することを目的として
設置されている」のは「自動複製機器」であって、私的使用目的
とは何ら関係のない次元の話である点です。

特定多数を含む「公衆」の使用を目的に設置された自動複製機器を
用いた場合、たとえ私的使用目的であったとしても、複製行為を行
なうことは「著作権の制限」事項には合致しませんよ、ってのが
この条文の主題ですよね。

ここでいう「公衆」とは複製行為を行なう際に利用する機材の位置
付けであって、「私的使用目的」における「私的」の範囲とは何ら
干渉しません。従って同じ範囲を示す異なる用語を仮に用いたと
しても、不思議はないと考えます。

もちろん、30条が

< 著作権の目的となつている著作物は、個人的に又は家庭内その他こ
れに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」
という。)を目的とする場合には、個人的に又は家庭内その他のこ
                                ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
れに準ずる限られた範囲内以外(以下「公衆」)による使用に供す
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
ることを目的として設置されている自動複製機器を用いて複製する
ときを除き、その使用する者が複製することができる。> 

となっていたとすれば、岩田説の正しさが証明されます。
しかしそうはなっていません。従って岩田説は証明できていません。

同時に、現在の条文においては、黒田氏の御指摘の正しさ(つまり
岩田説の間違い)を証明している訳でもない、と考えています。

上記記述からもお判りの通り、この問題に関する私の問題意識は
次の通りです。

現行著作権法における「公衆」という用語の定義が定まらなくなって
きている。各種メディアの発達や社会の進展に伴う新しい人間関係
が登場している(多様化する)現代社会においては、法が特に定義
を示していない「公衆」の解釈において、混乱が生じている。法は
特定かつ多数を「公衆」に含むと定義しているが、「公衆」本来の
定義は示していない。
この際、法律改正によって「公衆」の定義を明確にすべきではないか?

つまり、岩田説を明確に否定できない状況自体が、現行著作権法の
制度疲労を証明しているのではないか?という主張な訳です。

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