他人のレポートを参照して学ぶのはとても良いこと

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ただの一般論ですが、何も考えずにレポートをコピーしてる問題について。

[ 前提: こんなことに労力割きたい訳ではない ]

他人のレポートを参考にするために参照するという行為は、基本的には「他人の視点が得られる」という点で「他の文献を読む」のと大差がないです。そういう意味(参考にするために参照するという意味)で、私自身が担当している実験では「先輩のレポートを参考にするのは良い。ただしその場合には参考文献として示せ。そうでないレポートは盗作なので大幅減点となる」と宣言しています。

「他人のレポートを参考にする」をもう少し掘り下げて書くと、「参考にするために他人レポートを参照する」パターンには、

  1. 他人レポートと自分自身の目的が100%合致している。
  2. 他人レポートと自分自身の目的が過半数合致している。
  3. 他人レポートと自分自身の目的が部分的に合致している。

ぐらいのケースが考えられるかと思います。

学生への課題というケースでは、100%合致しているケースもそこそこあることでしょう。この場合には、レポート全体をコピーすることでも「レポートの目的」は達成することが可能です。ただし、参照したレポートが100%正しい場合の話。冒頭で挙げた問題は参照先の一部が間違っていたケースですね。コピペも一つの技能ですのでそれを磨くことは推奨していますが、参照先が誤っているかどうかも見抜けない程度の理解度(参照度)だと何も磨いていません。結果として、コピーしている学生も、それを採点しようとする教員も、リソースを無駄に使っています。互いにそんなことをしたい訳じゃないよね?

参照するからには、言い換えるとコピーするからにはそれなりに参考文献(ここでは他人のレポート)を読み込み、理解する必要があります。何らかの形で理解度を深めることは無意味じゃないですし、一度理解しようと歩み始めると「レポートの穴」に気づいたり、何でこう考えたのだろうという疑問が湧き出たり、他のアプローチを思いつくなど、「貴方自身のこれまでの体験を加味した何某か」を考え始めます。これが参照(と同時に出典明示)を推奨している理由でもあります。そこには何かしらの歩みがあり、その歩みを事実として第三者が理解できる文書(=レポート)としてまとめるためにも技術(レポート(報告書)や論文の書き方)が必要ですが、それはまた別の話。少なくとも「こういう意味での歩み」をして欲しいから課題を課していて、レポートを出させています。言い換えると、「歩まない(≒理解しようとしない)」ならそれは「レポートの目的の達成」にはなっていても「レポートを課した目的の達成」にはなっていない、ということです。

やや蛇足ですが、目的が部分的に合致している文献(やオリジナル)を参照する際には別の注意が必要です。少なくとも「参考文献が述べていないことを述べたことにしたり、誤解を生む形で引用する」ようなことは避けましょう。どこからどこまでが参照したもので、自分の意見はここだ、ということが分かるように参照するようにしましょう。そうしないとオリジナルに失礼(場合によっては詐欺)です。

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